人形町に店を開いてハヤ70年余年、戦前は白足袋を作り、歌舞伎や花柳界、政治家、など人形町の大野屋(えにし型)として商ってまいりました。
戦後、足袋は、新富町、神楽坂、の大野屋にまかせ、先代が洋品に変えました。昭和29年より十年間、洋品店と喫茶店(チボリ)をして名前もチボリ・オオノヤとなりました。喫茶店は昭和39年に終り洋品一筋でございます。
ゆくゆくはまた喫茶店も始めたいと思っております。人形町ではニ代目ですが東京では七代目だそうです。息子達(八代目)も後を継ぐようです。子供三人が洋品店と喫茶店を人形町で商いすることが理想です。
写真は当店の店とマスコットのピス(白)とミミ(茶)です。 |
|